使い分けると言う行為

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 ■ 現在持っているデジタル端末、自作メインPC×1、ネットブック×1、Nexus7、GalaxyNexus、XperiaRay、IDEOS。

 情報(ネット)を見ると言う行為だけであれば、これだけの機器は不要なんだよな。

 それでも自然と使い分けが出来ている。不思議なものだ。

 長時間のネット観覧や動画観覧などはメインPCを使ってる。もっとクイックな用途には最近またネットブックを使うようになった。ベッドサイドや台所やトイレと狭い部屋ながらPCから離れた所ではNexus7、外出時はGalaxyNexus。残念ながらIDEOSはパワー不足で完全引退し、その後釜のネットラジヲ等の再生はXperiaRayが大活躍している。

 ネットブックは最近、メインPCの液晶に繋いで色々試行錯誤繰り返している。

 スペックがスペックなのでおOSは「LinuxMint12」最新は15で今のメインは14らしいのだがデフォルトではパワー不足なので12を使っている。詳しくはベースになっているUbuntuやら、グラフィック周りの話になるので詳細は省きます。本当はメイン液晶とネットブックの液晶でデュアル環境にしたい所ですが、やはりパワー不足でメイン液晶への表示が1024×768が限界でそれ以上に上げると動かなくなる。結局快適に使う方法を模索したら、メイン液晶のみへの出力だけならFullHD表示が可能だった。

 そこでSSD搭載Linuxネットブックという起動だけは速い利点を使い、常にサスペンド状態でクイックに使えるようにした。これでスマートフォンやタブレットでの検索や作業にはちょっと辛いけど、メインPCを立ち上げるほどじゃない微妙な作業量の検索やら観覧に関しては手早く簡単にできるようになった。

 別に趣味と生活にしか使わないPC環境なんだが、無駄に効率化が進んだ気がする。

 PC、デジタルガジェットというのは進化が早く、最新で購入しても気が付けば後継機を買っていたりして増殖していく。古くなった物は出来るだけ友人にあげたり、再利用の用途を考えたりする。それでも使えなくなったら?捨てるしか無いのだろうが、それはすごく勿体ない。何かに使いたい。

 ではどうする?使えなくなった物を使うには、「自分のスキル」を増やせば良い。

 デジタルな物が使えなくなるのは、利用の最前線に対応しなくなっただけで、性能は変わらない。ならその性能を使えるように自分がすれば良い。

 Raspberry Pi(ラズベリーパイ)

 自分が非常に興味を持っている「ラズベリーパイ」は最低限機能しか持っていないPCである。これは無限の可能性を秘めているような気がしてならないが、実際に使い倒すには性能故に用途が限られ普段の生活とは関係ないスキルが必要になってくる。

 逆に言えばスキルさえあれば最低性能のPCで色々な事が出来る。

 10年前と違って基本性能の底が格段に上がり、私生活レベルで使うだけならローエンドPC所か2世代前のPCでも十分な物が手に入る時代になったし、スマートフォンの普及で更に敷居も下がり裾が広がった。

 もう、「OSは最新じゃ無いと使い物にならない時代(作業の上でと言う事で、セキュリティは自己責任)」ではなく、OSに合わせてPCをアップグレードするのが必須では無い時代。それこそ「何とかとハサミは使いよう」の時代になったんだと最近感じている。

 だからといって、最新のPCやガジェットが不要な訳でも興味が無くなった訳でもなく、涎を垂らしつつネットで最新情報をチェックして物欲を揺さぶられるのが、結局は自分の性である。ぐへへぐへへ、ぐへへへへ。