100円の価値

■ 100円、子供の頃、100円あればお菓子が買えた。駄菓子と言われる1つ10円から買えるお菓子。
それを如何に沢山買えるか計算したり、一つ50円という大物を楽しむか否か?悩んでみたりと100円はお菓子を買うパラダイスの入り口だった。

 板ガムの値上げの衝撃、1991年に70円だった板ガムが1993年に100円に値上げした時、個人的には衝撃的だった。100円である、子供のお菓子代の全部を持って行くのである。とはいえ、その頃には1つ100円のお菓子を買うのも当たり前になっていた気もする。そう、100円=お菓子一品の基準になったのである。
 
 缶ジュース価格の変動、消費税の導入により100円で買えていた缶ジュースが110円に、そして120円に。子供は飲み物を100円では買えない時代である。自分らが小学生の時期はまだ「ベルミーコーヒー」と言う激甘コーヒーが現役時代で、冬場の学校の帰り道「100円拾った!」となれば「ベルミーコーヒー」を買って回し飲みしながら帰った記憶もある。

 なんだかんだで時は流れ、現在の100円とはどれくらいの価値があるのか?100円は100円の価値なのであるが、物価的価値や個人的な価値観と言った100円の価値である。

 100円=105円の時代。そう消費税である。今や100円と言えば105円、100円均一ショップで100円の物を買うには5円多く必要なのである。駄菓子なら毎回5円チョコが一枚買えてしまうのである。その5円チョコも100均で数個連なった物が105円である。5円チョコが5円じゃ無い時代、弱者である子供の経済事情は既に穏便では居られないのである。

 で、100円で何が買えるの?
 まぁ時代の流れなので105円を100円と見なして考えると、100円ショップという存在のお陰で買える物は格段に増えた。日常製品なら大抵100円で揃うのである、これから春先に向けて新天地での暮らしに備え100円ショップで色々買いそろえる事ができる時代、100円の価値が高いのか低いのか?正直訳の判らない時代なのでもある。

 でも100円だよな?
 結局100円は100円である、なら100円の価値は100円のままなのか?いや、個人的にそれは否定したい。100円は100円でもそれ以上の価値を秘める現代の魔法的価値のある貨幣なのである。

 夏の糞暑い日、偶然100円の自販機を見つけて購入したドリンクで喉を潤した時の爽快感やお買い得感。そう、それは100円以上の価値を見いだせる一瞬では無いだろうか?

 小腹が空いた時に100円のパンを買って食べた時、コンビニで100円で買えるホットフードを購入して食べる時のワクワク感、それもまた100円が貨幣価値以上の効力を発揮する魔法の瞬間である。

 海外にもある100円の価値観
 日本マクドナルドが100円メニューを出して久しく、学生や主婦の憩いの友になっているが、海外のマクドナルドにも1$メニューがある。気軽に簡単に楽しめる。世界共通の100円という価値観はもはや無くしてはいけないジャンルなのである。

 マクドナルドの話題が出たけど、日本マクドナルドはこの100円の価値に翻弄されてきた企業だと思う。それはハンバーガーの価値の歴史でもあろう。平均100円のメニューを時代背景で65円にしたり110円にしたり、その度に消費者から過激な指示か批判を受ける。何とも忙しい企業であるのだ、ドナルドとか言う名のピエロもどきの顔色もメイクが無ければ信号機のようになっているでしょう。

 とはいえ何はともあれ100円は100円であるのである。今の時代100円あればコンビニでおかずが一品買えるし当然お菓子も買える。うまい棒も数本買えるし、100均行けば包丁なんかも100円で買えちゃうのである。マクドナルドならホットコーヒーだって飲めちゃうしブックオフに行けば古本が100円で買える。町の古本屋なんか1冊50円で売ってたりするので2冊も買えちゃう。

 休日500円握りしめて古本屋で100円の本買って、マクドナルドでホットコーヒー飲みながら読んでコンビニで駄菓子を100円以内で買って公園でマターリして、帰りにおかず一品買って帰って晩飯にする。それだけでも結構楽しめるんじゃ無いだろうか?実際個人的にはそういう楽しみ方もたまにしてます。

 デフレ社会が長く続いていたこの時代、今後また100円の価値が変動することでしょうが、結局100円の価値は個人の価値観に大きく関係する、結構考えてみると価値観の大きな貨幣なんだと最近改めて気がつきました。

さて、明日は100円で何しようか?