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■ 最近考える、いや前から考えていたことであるが、個人がニュースを伝える、つまりジャーナリストとしてできる事は何だろうか?近年で言えば個人Blog、ニュースサイトなんだろうが、両方とも大抵の場合は「2次ソース以降」になる。「ニュースサイト」や「まとめ系」は孫、ひ孫になってしまう。できる限り1次ソースで何かをネットで伝えたい時は、完全にジャーナリストという職業として動かなければいけないのか?

何故?そんな事を考えるようになったのかというと、一つは近年の報道の在り方への不信感が大きくある。判りやすい例だとTV各局の特にフジテレビの騒動。一旦芽生えた不審の目はなかなか拭えない。個人的にサザエさんやアニメしか見てない。たまに見てた糞くだらないバライティ、そのバライティすら見なくなった。フジテレビを見なくなったのも現実だ。

 フジテレビの騒動、事の発端は「ひろゆき」がネット上に晒した「TV各局の株主の割合」だろう。それ以前から「韓国物押し」は指摘があったが、株主の件で株主びいきなイメージ=韓国ゴリ押しの原因=反日、とイメージの連鎖で8月8日のデモまで発展したんだろう。実際あのデモにはどう見ても右翼関係者みたいなのがゴロゴロしてたのも見て取れる。
こうなってくると見る人はよく見てる。
twinleaves: …
こんな細かい所まで過剰に指摘してくる。コレが「プライバシーの保護」なのか?「韓国保護」なのかと問われるとフジテレビの現状から後者と取られても仕方が無いだろうね。

 まぁバライティ番組などで韓国押しするのは別に「商売」だろうと思うと構わないが、細かい所や不自然に「報道」に絡んでくると話が変わる。1次ソースで「韓国優位な報道」ばかりされても日本国民として感情的にも?が付くし、何より知りたいことが歪められて報道されるのは許されない。ネットの何処かで見たが「韓国と日本のTVは韓国の経済状況や犯罪率の報道をしてない。その他周辺諸国は韓国の政治経済に注目した報道してるのに!」なんてのを見かけた。確かに韓国国内の政治や経済状況に関して情報が少なすぎる。隣国であり竹島の領土問題もあり(こちらの報道もTVだと思ったより少ない)もっと情報を国民は知っててもおかしくない気がする。韓国がどんな国なのか?どんな人達なのか?それをエンターテイメントやグルメ情報程度の知識や良い側面しか知らないってのは「仲良くなりたくても」ちょっと情報も少なすぎるだろうと思うし、反面、日本国内における韓国人の犯罪率や反日活動(竹島領土問題を含む)ばかり目に付く。先にも書いたが「仲良くなりたくても」情報が偏ってるので無理だ、韓流ブームで韓国の芸能人ばかりチヤホヤしても一般的な韓国人とわかり合えないのなら「仲良くなれない」だろう。

 そういった偏った報道をするTV局への不満、、これはパッシングするなと言うのが無理だろうと思う。ついでに言うと報道に対する「態度」も問題がある。コレもまたよくフジテレビがやらかしてる「現場で不謹慎な発言」とかメンタル的な面の話である。最近だと、東海テレビの「セシウムさん」騒動や東日本大震災の時の問題視されたリポーターの発言などなど、報道をする人間が「嫌々やってます、現場に興味がありません、TVに映ってない所だから別にどうでも良いでしょう?」そういった態度。視聴者を馬鹿にしてる以前に視聴者に情報を届けるという「仕事自体」を愚弄してる。報道に関わるものとしての誇りもプロ意識も何も無い!これは業界の由々しき自体だと危惧するべきだと思うんだけど、どうなんでしょうね。

 
 多少話が逸れた。まぁ上記のような事からの不信感が一つ。それとインターネットの進化と共に情報の流れ方が大きく変わった近年。特に個人が情報を世界に発信することが容易になった、その代表格が「Twitter」や「各種SNS」だがそれにまつわる騒動も色々と考えさせられる一つの要因だ。

 どんどん情報の伝播速度は加速を続けている。

 インターネット初期は個人が記事を書いてhtmlで加工の後、FTP経由でUPしていた。最近閉鎖が相次いでいる「テキスト系サイト」がそれだ。そこから一連の作業がCGIで簡単になった「日記系サイト」になると、ほんの少し情報が早く世の中に広がり出す。この時点では情報は個人からの「1次ソース」を「リンク」という形で共有するだけであり、その行為はサイト主のみが行える行為だった。情報が伝播するのに一日・二日はかかってて当然の時代だった。

 更に簡単に文章単体をネットに上げれる「Blog」が出始めた。より多くの人が簡単に素早く情報を公開できるようになっていった、するとリンク以外にトラックバックという形で情報の共有し、同じ画面上に他人からの意見がダイレクトに「コメント」として情報の補足がされたり論議が簡単にされるようになった。

 「SNS」も簡単に日記という形で個人からの情報を発信出来る総合ツール。「コミュニケーションツール」のはずだが、情報を内輪に向けて発しても何故か1次ソースとして外に発信され伝播する奇妙な現象が起こり出す。「SNS」これは本来閉鎖空間だったはずだが、それ故に気を許すのか?安易に情報を公開出来るが故、個人の不祥事の暴露が増えるとそれが1次ソースとなり、曖昧な個人の発現が「誤情報・デマ」になり易くなった。

 思い返すとBlogが台頭し出した辺りで「誤情報・デマ情報」と言った物が増えだした。これは単純に大勢の個人が簡単に情報を公開できるので情報量が増えた結果なんだろう。そして「SNS」で更に増え出す。

 「Twitter」が流行出すと更に情報元が増え伝波速度は爆発的に加速する。Postが有ると見た瞬間にRTで伝播する。現在は個人のPostすべてが1次ソースとして拡散するのだ、情報は伝播する範囲が広がると「真偽を確かめる前」にそれが「真実」として「信じ込まれてしまう」ように思える。伝播速度が速くなった分より真偽を確かめる行為が「大事になってくる」と強く感じる。それ故に「誤情報・デマ」が格段に増えた。

 先日の台風の時Twitter上で一つのデマが広がった。
Togetter – 「コロッケソースの話題を振ったら、おまけの「超大型台風の影響でツイッター本社が浸水」ネタだけ拡散されたでござる」
 リンク先をよく読んでいけば「上級者向けのネタが飛び火してデマとして流布された」事が判るだろう。この話題の前にTwitter上で「某コンビニの弁当は放射能地域の食材を使っている。ソースはこれから探します。」とソースも無いのに批判を呟くと言うとんでもない人が現れ話題になっていた。
Togetter – 「セブンイレブンのお弁当の食材について衝撃のツイート→ソースは今から探します #genpatsu」

 先の台風のネタは「ソースは今から探します」にも引っかけたネタでもある。「コロッケソース」のような「ネタ(の部分)」というのは普段からインターネット上の情報を空気のように吸収してる人間にとっては自然と見抜けることだったりします。もっとも「コロッケソース」の一件はちょっと意地が悪い形ではあったと思いますけどね。
 こう言った例を見てるとTwitterというサービスが、いかに速く広範囲に1次ソースを運ぶサービスなのかよく判ります。報道各社がTwitter出た当初危機感を覚えたのも頷ける。

 個人でこれだけ伝播力のあるサービスが使える環境が出来上がった現在、不信感の強くなったTVを始めとする報道機関のみに頼っている1次ソースという形式は時代遅れなんじゃ無いだろうか?大きくなることで安心と安定した報道をすべき所が、大きくなり贅肉だけが増えた報道機関。これからは個人レベルからの情報をネットワークで組織的に繋いでリアルタイムに伝える小規模からの発信がより必要だと思う。そういった意味で個人からの1次ソースの発信を考えてしまう今日この頃なのでありました。

 長々と書いたけど、考え纏まってないんですよねw ただ、報道を個人から変えれるようなことが、この先なにか出来たら良いよね。